プロフィール

「なぜ、ここにいるんだろう」
「私は、誰なんだろう」
言葉を持たない小さな頃から、宇宙の果てを想い、
「存在」の不思議さを感じていたことを覚えています。

月の時代(0~7歳)のこと

機能不全の家庭に育ち、神経症や不眠に悩まされ、常に体調不良の子どもでした。
もちろん怒号と暴力だけではなく、家族団欒だってあったのですが、
心がつぶれてしまうような不安な気持ちで、過ごす時間が多かったです。
昔風の言葉で言えば、神経質な虚弱児。
イマ風な言葉で表すなら、HSP(とても敏感な人)で、
エンパス体質で、AC(アダルトチルドレン of Alcoholics)だった、かな。笑

空を見て、これから続く果てしない時間を想い、絶望したのを覚えています。
星々や木々や川や花や動物たちに内緒で話しかけたり、
知る限りのあらゆる神様に向けてお祈りすることで、この世界の不安を 紛らわせていました。

好奇心と反骨心

金星期(15~25歳)は好奇心と反骨心が旺盛で、家を出た後は、
サブカルチャーの海で泳ぎ(金星水瓶座ですから)、
編集・ライター職で飛び回り、自由を謳歌しているつもりでした。
いま思えば、不安や劣等感を 言葉の鋭さや押しの強さでコーティングして、
ユーモアを振りかけて、ごまかしていました。
コーティングは年を経るごとに厚くなり、自分でも、それが自分だと思っていました。
「明るく元気でユニークな」キャラクターとは裏腹に、生きづらさは、なくなりませんでした。

11歳年上の夫と出会ったのは、20歳の夏。
紆余曲折ありましたが、間もなく一緒に住むようになりました。
後にヒプノセラピーで、過去生での繋がりを思い出し、紆余曲折について納得することになります。

転機は、お産

太陽期(25~35歳)に子どもができた時、
「生き物として、痛みも含め、お産のすべてを体験したい」と思い、
助産院で、自然なお産をすることにしました。
ここで、「身体の不思議・いのちの不思議」そして「癒しの手」を体験したことが、
宇宙に繋がる道を思い出す始まりだったように思います。

その頃は、社宅という閉鎖社会での子育てが、とても息苦しく感じられ、
逃れるように図書館に通い、心理学や哲学、自然療法や
目には見えない世界の本をたくさん読みました。気功とヨーガも、始めました。
心の余裕がなく、お世辞にも褒められた育児ではなかったのですが、
「安心できる家族」の中で、幼少期のトラウマと向き合い学ぶ機会を得られたのは、
神様がくれた「人生の夏休み」だったと、思っています。

中年の危機

30代後半仕事を再開し、社会復帰と自己実現を始めたころ、
ひょんなことから、自分の愚かさ弱さに、向き合うことになります。

どこに、落とし穴が空いているかわからないのが、人生。笑

そのころできた人間関係の軋轢の中、鬱病を発症したのです。
でもそれは、きっかけでしかなく、
長年抑圧してきた不安や恐れ、我欲や劣等感が噴出した結果でした。
混乱状態となり、自己嫌悪や悲しみ恨みのループに嵌りました。


後になって、それが「中年の危機の星の配置」の時期だったと、知りました。
今となれば、それは天からの「自分らしく生きよ」というサインだったのだと、わかります。

自分に還る道 人と交わる道

「魂の暗い夜」から朝を迎えられたきっかけは、
小さな頃好きだった占星術の本格的な学び直しと、とことん自分と向き合う時間でした。
いろいろな分野の素晴らしい先生と仲間たちに、たくさん教えられ、導かれました。

占星術のホロスコープから、自分の資質を掘り下げ、シクミを解明した上で、
幼少期の未完了の感情や、生き延びるために創った潜在意識の思い込みに、手当をしていきました。

浄化が進み閉ざしたハートが開くにつれ、人生のすべては自作自演だと、気が付かざるを得なくなりました。

それに気がついたとき、嬉しさとおかしさで、泣きながら笑ってました。
そして、自分が少しも不幸でなかったことに、気が付きました。
生き延びるために作ってきた、自分の歪みとねじれに、気が付きました。
オセロゲームの大逆転のように、黒色の世界が、パタパタパタと白にかえる瞬間を今も覚えています。

学びや気づきは本当に楽しくて、周りにシェアするようになり、
副業がいつしか本職になり、サロンを開き、ライフワークになりました。

肉体の学びや実践では、
肋骨が開いて猫背が直り、首が長くなり、慢性鼻づまりと、不眠が、解消しました。
いまでも「息が吸える通った鼻って、なんて幸せなの?」と思います。
食べ物の学びでは、冷え性だった陰性体質も改善し、
子どもの頃からの黒ずんだアトピー痕も、キレイになくなりました。

こうして、いつもだるくて、やる気の出なかった身体は、
40を過ぎたころようやく、好きなことができる、「動ける身体」に変化しました。
まさか50過ぎてヨガ講師になるとは、私を知る人の誰もが、思っていなかったと思います。

意識が変わること&不要なエネルギーをデトックスをすることで人は変われる、
宇宙ワンネスに繋がれば、眠った可能性をスイッチオンすることがきる、それを身をもって体験しました。
そのことをみなさんにもお伝えしたい、ということが、今の活動の原動力になっています。

波打つ感情とハイヤーセルフの魂視点

今でももちろん、いろんな「穴」に落ちることがあります。
悲しくて泣いたり、急に怖くなったり、悔しかったり情けなかったり。
生きていれば、困難なことも、悲しくなることも、ゼロになることはないでしょう。


でも昔と違うのは、その感情が教えてくれる、本質的なことに目が向くようになったこと。
自分に寄り添い、感じることを許すと、心身は開放をはじめ、「私の感情」は落ち着きを取り戻します。
古い古い感情の記憶の芯も、溶け始めます。

実は魂は、あらゆる体験を糧として歓び、自分を更新し、進化することを望んでいる。
ひとつも怖がっていないし、悲しんでもいない。そのことに、常に気づくことができるようになりました。

この人生の様々な体験を深く味わい楽しみ、
自分の魂の本音と応援に気づいていることが、この世界を楽しむコツなんじゃないかと、思っています。

本質の自分で、喜びに生きる

ホロスコープの円に散らばる星々をぼんやり見ていたある時、
「私たちひとりひとりが、ありのままの個性を自分に許し、歓びに生きることこそが使命であり、
一番の世界貢献なでは?」という確信が降りてきました。

私たちの世界は二極に分裂したもののグラデーションでできている。

二極あるのがこの世界ならば、それが両極ぜんぶ揃ってワンネスと同じになる。
どんな人も、どんなことも、ぜんぶ集まって、〇になる。
ネガもポジも、善も悪も、優も劣も、正も誤もない。凸凹の裏表の同じもの。

存在し合い、表現し合い、響き合い、袖振りあって、ここで一緒に学び、進化する。

だからもちろん、私も、あなたも、そのままでOKすべてのできごとも、ALL OK。

小さな頃から「この世界に、自分は、いてもいいのかな?」と、価値のない自分を感じていました。
それを隠して右往左往していた、こわばった心が、あたたかく、溶けていくのを感じました。

その気づきが来て以来、占星術を使って、そのことを伝え続けています。

データ

天王星・冥王星が合する1965年 茨城県生まれ。
息子・娘は独立。11歳年上の夫と老猫2匹と都内暮らし。

太陽は射手座22「中国人の洗濯屋」 ― 乙女座天・冥スクエア。
月は獅子座26「虹」 ― 蠍座海王星スクエア、土星クインデチレ。
太陽・月・MCで、火のグランドトライン双子木星でカイト。
水星は射手座でテイル合。双子座木星とミューチュアルリセプション。

職歴など

編集業、ロックバンド事務所勤務を経て、フリーライター。
子どもができて、一時ワンオペ専業主婦。
その頃スタートしたヤフオクでセドリ活動(笑)。
製菓衛生師資格を取得して、お菓子やパンの制作と販売、家事代行など。
パート主婦時代は、さまざまな仕事を体験をしました。
社会学研究者のアシスト雑務や、趣味と実益を兼ねた占いライターも。

2009年 占星術の占い師としての活動を開始。
    カフェ鑑定、星読み個人レッスンに加え、電話占い、占いイベント出演。

2012年 占星術にセラピー要素を加え、アストロセラピストと名乗りはじめる。

2013年 不思議なご縁から、カルチャーセンターの金継ぎクラス講師となる。

2014年 中野momozono salonで活動

2015年 隠れ家サロン「荻窪Room1213」オープン。スピリチュアル講座もスタート

2018年 クリスタルボウル&ヨーガスタート 

冥王星土星合~風の時代突入と共に、2021年夏6年続けた荻窪サロンをクローズ。
現在は都内(青山・吉祥寺・銀座)シェアサロンと、
猫たちと夫と暮らす自宅のオンライン部屋で、諸々活動中。

実績ほか

・占星術と、セラピーのセッションは、12年間で3,600件以上提供。
お客さまは年齢層・職業は幅広く、人生に前向きに取り組む、真面目な方ばかりです。
現実とワンネスを繋ぐセッションは「前に進む意欲が湧く」とご好評いただいています。

・自分の本質に気づき世界のシクミを知る「占星術の基礎講座」は、
都内カルチャーセンター・招致講座を含めて、300名以上の方に受講いただきました。
受講生は、プロとして活躍されていらっしゃる方も、多数。

・ボディ・マインド・スピリットを繋ぐオンライン瞑想会
「トリニティワーク」は、星まわりにより、随時開催しています。

・ヨーガ講師としては、クリスタルボウルの波動を使った、やさしいヨーガクラスを開催。
 2019年~2021年には、友永ヨーガ学院で、企業派遣講師を務めました。

・器を漆と金で繕う「金継ぎ」講座は、都内6カ所9クラス開催中。

座右の銘

嵐が過ぎ去るのを待つのではなく、雨の中でダンスすることを学ぶのが人生


               出典 ベニシア・スタンリー・スミス